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選挙に行くよりも大切なこと

「なぜ」それを選ぶのか

来週は、参院選の投票日!

我が家も、カナダに飛ぶ前に不在投票を済ませます♪

でも最近、「選挙に行く」より大切なことがあるんじゃないかな、

と感じている。

それは「なぜ」選ぶかということ。

選挙の前はいろんな人のいろんな主張を耳にする。

メディアをほとんど見ない私でも入ってくる。

聞こえてくるのはほとんどが

「自分が正しい」「あの人が間違っている」というメッセージ。

だからあの人には投票してはいけない。

あの人のグループには賛同できない。

でもね、私たちって、

「絶対共感できない」と思っている人に

見えないところで助けられてたりするよね。

全く反対の主張をするAとBがいて、

両者が交差することはありえない、なんて言われるけど、

私は、「全く交差しない」ことがありえないと思う。

新学期の初めに、「こいつとは仲良くなれない」

と思った子が親友になったように。

右の人 左の人 ふとした場所できっと 繋がってるから

片一方を裁けないよな 僕らは連鎖する生き物だよ

〜Mr.Children「タガタメ」〜

まじわるところって必ずある。

だって...本音の本音を聞いたら誰もがきっと

自分と家族の幸せや健康を祈っている。

美しい地球で、平和に暮らしたいと願っている。

それが様々な利害関係や社会システムが混ざり合って、

攻撃したり防御したりする。

わかる。わかるよ。だってみんな怖いもの。

私だって怖い。戦争も災害も経済破綻も全部怖い。

でもね、怖いを原動力にして暮らしていたら、

怖いは永遠に続くんだよね。

xxがいやだから(怖いから)こっちを選ぼうって思うと、

その思いがさらに怖い経験を呼び寄せる、負のスパイラル。

代わりに、xxがいやならじゃあ

自分は何が嬉しいのかをまず考えたいと思う。

戦争が、原発が、経済破綻がいやだからこうする、

というのと、

私は平和に豊かに環境に優しく生きたい、

だからこれを選ぶ、応援する、と動くのは全然違う。

そんな単純な思いで、山積みの問題が解決するとは

私だって思っていない。

それでも、解決に一歩踏み出せるなら

「どうしたいか」を一人ずつが意識するしかない。

もう一度書くけど、

嫌いなものを大声で叫んでいてもそれが続くだけ。

繰り返し経験するだけ。

行きたくない方は見ない。行きたい方を見る。

(車の運転もそうだよね。)

人がどう、じゃなくて自分を見る。

私はどう生きたいのか。どんな明日、来月、来年なら嬉しいか。

それを実現している自分はどんな人なのか。

そんな私は今どんな選択をするだろうか。

 

“I will never attend an anti-war rally;

if you have a peace rally, invite me.”

「反戦運動には行かない。平和運動をやるなら誘って。」

〜マザー・テレサ

 

世界はすごいスピードで変わり、ますます加速していくはず。

そんな中で変わらないのはただ一つ

私がどうしたいか」なんだよね。こんなに頼れる羅針盤はない。

人間に与えられた素敵な力

起きたことに対する反応を選べる」を使っていこう。

私たちに起きることはコントロールできない。

でもそれに対して何を考えるか、

ここだけは絶対に自分で決められる。

嘘だと思うなら今日実験してみて。

自分が思うことは自分が選べる。

行きたい方を見る。なりたい自分を描く。そして選ぶ。

全ては自分がつくる。私はこのことをしょっちゅう忘れる。

また思い出しては言い聞かせて、毎日をつくる。

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